ご飯一杯分?

asahi.comより荒川の演技「1杯のご飯程度」 仏公共テレビが謝罪

 問題視されたのは、リレハンメル、長野五輪フィギュア男子で連続銅メダルに輝いたフィリップ・キャンデロロ氏が、逆転の金メダルを決めた荒川選手の自由演技の実況で「茶わん1杯のコメに値する」と評した発言。意図は不明だが、局側は「ご飯1杯」が日本の食習慣に絡めた「たわいもない」という侮辱と受け取られる、と懸念したようだ。

「日本スケート連盟の代理人」と称する仏弁護士からの抗議で、今回の謝罪になったらしいのですが、そもそも日本側はおそらく誰もそういった報道がされたことすら気づいてなかった様子で。

それより何より、キャンデロロさんが一体どういう意味で「茶碗一杯のコメ」と言ったのかが知りたい。荒川さんのことを侮辱する気は、おそらく毛頭なかったのだと思うんだけど、それにしても記事にある通り、意図が不明。

というわけでキャンデロロさん、ぜひ真意をお聞かせください。

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この記事へのコメント

牧山
2006年03月16日 01:53
私は、これが侮辱と受けとられるかも、なんて考える神経構造と日本観の方が気になります。そんなに心が狭いとゆーか、価値観が違う国民だと思われているんだろうか?
……もっとも、韓国や北朝鮮や中国に対していった場合、起こるかも知れないとか思ってしまうところで、私も五十歩百歩かも知れません。
……そっか。そこら辺のアジアの国と同じようなメンタリティだと思われてるのかな。

それはそうと、日本にそうやってすぐ謝るのに、この間のイスラム指導者の似顔絵の健ではなんで謝らないわけ?>フランス
2006年03月16日 20:38
「茶碗一杯のコメに値する」と訳すとなんとなく褒めているように聞こえるし、「茶碗一杯のコメにすぎない」と訳すと軽んじているように聞こえます。翻訳のしかたとか、発言のニュアンスとか、いろいろな要素次第でどうともとれる発言だな、と感じました。発言したご本人のコメントでも聞かない限り、なんとも言えませんが。
 ご飯好きな私は、一瞬、もしかしたら褒め言葉?とか思ってしまいました。
2006年03月17日 23:33
>牧山さん
>日本にそうやってすぐ謝るのに(以下略)
……実は内心、みんな風刺画の内容に賛同してるとか?(危)

>tomokoさん
>ご飯好きな私は
日本人ですねえ(笑)実は私もなんですが(笑)>ご飯好き。
しかし、ホント、是非コメントしたご本人の口から真意をお伺いしたいです。
よっぽどお米のご飯が好きなのかしらん>キャンデロロ氏
牧山
2006年03月18日 07:52
例の、イスラム指導者のマンガ問題。
内容を批判しているひともいないわけではないのですが、一般のイスラム教徒が一番問題にしているのが「偉い人を偶像(絵)にした」ということのようです。
偶像崇拝禁止は、最近こそかなりゆるくなっていますが、まだまだ不吉を招く「凶事」として認識されているようです。
昨日今日言い始めたことならともかく1000年以上も前から言ってて、嫌がることなんだから、それはやらないのが普通の人間なんじゃ?
「表現の自由」以前に、相手がいやだと1000年以上も公言してることをわざわざやるのって、どうかと思うんですけどねえ。

ところで、件の2つのマンガ(オランダ……でしたっけ、とフランス)、私は内容を聞きました。
天国にいるマホメットが「最近は頭の悪い信者が増えた、私の言うことを曲解してる」とぼやいていると言うもの(オランダ版。フランスのは、暴動に関してのネタらしい)。
……おもしろいですか? これ。私には底の浅いイヤミにしか聞こえないんですが。
2006年03月18日 20:40
>「偉い人を偶像(絵)にした」
ああ、なるほど。それで何となく合点がいきました。
内容と言うよりは、信仰上のタブーに触れたことが問題なわけですね。

まあ、相手をわざわざ怒らせるようなことをした方もした方だとは思いますが、そのことによって身の危険を感じるような状況になるというのは、私はやはり異常だと思います。
敵を殺すことを是とする教義を含んだ宗教だけは、絶対に認めたくない。
牧山
2006年03月19日 18:29
>敵を殺すことを是とする教義を含んだ宗教だけは、絶対に認めたくない。
それに関しては、同意見です。強く、強く。

そのことを踏まえた上で、でも、相手の指導者にたいして(相手の基準でとはいえ)「お前の指導者に呪いあれ」と公共メディアで言ったに近い(少なくともかなりの数の一般信者がそう感じた)件のマンガの掲載紙は非難されてしかるべきだと思います。
「表現の自由」には、自由である以上責任と義務がつきまとうものでしょう。

暴動を完全に肯定するものではなく、ましてや殺意のある集団暴力を肯定するものではありません。ただそのことは別にして、相手がずっと言っている「イヤなこと」にたいして配慮するのは人間として当たり前のことじゃないか(まあ、いつも完全にできるとは限らないとしても……ね)、と思うわけです。
破ったときに、それが暴力を振るわれる正当な理由になるかどうかに関しては、完全に別問題で。
2006年03月25日 12:52
>>日本にそうやってすぐ謝るのに(以下略)
>……実は内心、みんな風刺画の内容に賛同してるとか?(危)

 もちろん賛同している奴もいるでしょうが(笑)、「ミーはこのポンチ絵は見るだけでヘドが出るザンス、でも宗教を批判する自由はフランス革命以来200年を経てやっと確立された大事なものなのでそれは守らなければいけないザンスよ」と思っている人も多いのではないかと思います。
2006年03月25日 12:52
 あと本題とは直接関係のない話ですが、イスラム教における「偶像崇拝の禁止」と「ムハンマド像を描かないこと」とは分けて考えるべきかと思います。
 偶像を拝んではならないというのはムハンマド本人が言ったものとされ、コーランの複数箇所に明記してあります。従ってこれはおよそ1400年弱ほど前からの伝統。ここでムハンマドの言った偶像というのは基本的には神の像のことです。
 一方、ムハンマドは「おれはえらいのでおれの姿を絵に描いてはならない」などとは勿論言っていないのでありまして、ムハンマド像はイスラム圏の歴史書などに複数描かれております。この種の絵は'80年代日本の一部の高校世界史教科書にも出てきたように記憶しております。
 ムハンマドを「顔を空白にして描く」とか「描かない」といった伝統が定着したのはずいぶん後であります。
 (それでも数百年の伝統はあったと思います。ですからこれは牧山さんの言われる「相手がいやだと長年公言してることをわざわざやるのはどうか」という発言にケチを付けるものでは勿論ありません)
2006年03月25日 18:42
桂さん、詳しい解説ありがとうございました。
偶像崇拝の禁止は、本来キリスト教も確かそうじゃありませんでしたっけ?
2006年03月25日 21:11
 確かそのはずです。
 東ローマ帝国とかだと「偶像うちこわし運動」が複数回起ってたと思います。
 ただし聖書に偶像崇拝の是非についての記述があるかどうかは自分にはわかりません。
2006年03月26日 06:50
桂さん、ありがとうございました。

小学校か中学の社会科で習ったような記憶はあったのですが(笑)>キリスト教は偶像崇拝禁止
2006年03月26日 15:14
 発見しました。十戒です。
 「なんじ、おのれのために何の偶像をも刻むべからず。
 また、上は天にあるもの、下は地にあるもの、ならびに地の下の、水の中にあるものの何の形をも作るべからず」旧約聖書・出エジプト記20-4

 なんかこう後半などはRPGのルールのような厳密さが(笑)
2006年03月26日 21:18
わざわざ調べていただいて済みません(^_^;)。
後半の部分って、精霊信仰を否定していると見ればいいのかな?

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    Excerpt: 今日読んだニュースで不思議だったのがこれ。 フランスの公共テレビ局であるフランステレビジョンが、2006年2月23日、ト Weblog: zig zag road racked: 2006-03-16 02:01